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両片思い 3
拓海の答えを聞いて、啓介は眉間にしわを寄せた。それから悔しそうな顔をして、チッと小さく舌打ちしたかと思うと。
「……っ」 どういうわけだか、キスされた。 「…え…え?」 唇はすぐに離れたものの、まさか啓介のほうからされるとは思わず、拓海は急激に酔いが醒めていく。何が起こったのかわからなくて、ぱちぱちと瞬きを繰り返し、口元を押さえながら啓介を見た。 「…おまえから仕掛けたんだろ?」 完全に何かのスイッチが入った顔で、啓介が言う。さっきまでとはまるで違う、獰猛な雄の表情。 それを唖然と見ていると、啓介が拓海の口元の手を引き剥がしてきた。 「けい、んっ」 そのまま手を握られ、キスされる。今度はさっきとは違う、もっと角度をつけた、食むようなキス。何かを確かめるかのように、ふわふわと、唇が触れたり離れたりを繰り返す。 それは、拓海の知っているキスとは、何もかも違っていた。拓海が知っているキスは、ふっくらして、甘い匂いで、じんわりととろけるような温かさだった。しかし啓介の唇は薄く、鼻をつくのはタバコのほろ苦い香り。 そして、火傷しそうなほどに、熱い。 なんだこれ、と、頭の中で警鐘が鳴る。これ以上こんなことをされたら、何かが壊れてしまう。本能的にそう感じて、拓海は制止しようと啓介の胸を片手で押し返した。 しかし、啓介はそのもう片方の手も掴んでしまい、ソファに縫いつけ、なおもキスを続ける。 手をついて座った形になった拓海と、少し前のめりになる啓介。これではまるで、がっつかれているようで。 (な…んで…?) とんでもない羞恥心と幸福感に思考回路が鈍る中、拓海はただそれだけを思った。 自分のシミュレーションでは、男とキスなんて気持ち悪ィよ、と軽くあしらわれる予定だったのに。そしたら、冗談ですよと笑うつもりだったのに。 それがどうだ。どうしたんだこれ。 (ダメだ…もう……) ただ何度も離れては触れるだけのキスなのに、拓海はまるで高熱でも出したように意識が朦朧としてきた。 ああ、俺は本当に啓介さんが好きなんだ、と思う。夢を見て情けなくシーツを汚していたのは、やっぱり間違いでも気の迷いでもなかった。男相手だというのに、ただ軽いキスをされるだけで、こんなにも幸せで泣きそうになる。こんなにも気持ちいい。 拓海は全身から力が抜けていき、ついに肘をついて、そのままソファに倒れこんだ。その拍子に離れていった啓介の唇をぼんやりと眺めながら、はっはと荒くなった息をこぼす。 「……そんな顔、すんなよ…」 両手を拓海の顔の横で絡ませて、啓介が掠れた声で言った。 眉間にしわを寄せ、見下ろしてくる瞳には熱がある。それがどうにも凄まじい色気を発していて、拓海は何も言えなくなった。 啓介の言葉の意味がわからず、ただ小さく首をかしげる。 「…止めらんねぇだろ…」 そう言うと、間髪いれず、またキスが降ってくる。 背中にある冷たい革の感触と、自分より大きな掌が、両手をつかまえている感触。組み敷かれているという状況に、拓海はさらに体温が上がるのを感じた。 「…ん…」 緊張して閉じていた唇が、だんだんと緩んでくる。されるがままでは気が収まらなくなって、拓海も啓介がそうするように、唇を食んでみた。 ぴく、と重なった両手から、かすかな動揺を感じる。もしかして嫌だったのかな、と思いながらも、身体は言うことを聞かず、積極的にキスを返した。 すると突然、がぶりと噛みつくように、唇が強く押し付けられた。 「っ…」 強めに吸われて、思わず肩が揺れる。 次にするりと唇の間に割って入ってきた舌の感触に、拓海は目を見開いた。 (うそ、だろ…) そこまでするか?と硬直した拓海の閉じた歯列を、啓介がゆっくりと舐めてくる。ぞくりと肌が粟立つのを感じながら、拓海はおずおずと口を開き、舌を招き入れた。そのとき、ぎゅっと両手が強く握られる。 拓海は震えそうになる手で、その手をそっと握り返した。 啓介はゆっくりと歯の裏側や唇を舌で撫でていき、探し出すように奥に引っ込んだ拓海の舌に触れた。 「んっ」 鼻にかかった声が、拓海からこぼれる。 信じられない。舌を絡めるキスだって初めてではないが、舌の感触って、こんなに気持ち良かっただろうか。触れただけだと言うのに、そのぬるりとした感触と生温かさに、拓海は再び目を閉じた。 半分無意識で啓介に舌を差し出しながら、ときどき自分でも気持ちいいように動かす。最初こそ嫌われたらどうしようと思っていたが、そんな考えは、もうきれいさっぱり吹っ飛んでいた。 「……藤原」 唇が触れるか触れないかの場所で、啓介がキスを止めて名前を呼んだ。それは夢で見るよりずっと鮮明で、低くて、甘い声だ。 拓海は、すでに血液が集中し始めている下半身のことを思い出した。 「…やめて欲しいなら…今のうちに言え」 吐息も感じる距離で、啓介が言う。 それってどういう意味、と見上げてみると、切羽詰まったような、つらそうな瞳とぶつかった。 「これ以上やると、我慢できねえかも…」 口をとがらせて視線を逸らした啓介に、拓海はカッと顔が赤くなる。 「それって…」 もしかして、もしかするのか。 拓海が唖然としていると、啓介が観念した様子で下半身を押しつけてきた。 太ももに感じる、明らかに硬いそれ。 「えっ…」 自分と似た状態になっている啓介を感じて、拓海は驚く。 これって、まさか。 「け、啓介さんって、その…男もイケるクチ…」 なんですか?と言い終える前に、啓介がずるりと脱力して、拓海の肩に頭を預けた。しかしすぐにガバッと起き上がると、まっすぐに拓海を見る。 「バッカヤロー、男なんて初めてに決まってんだろ!」 罰ゲームでも嫌だっつーの、と付け足す啓介。それを聞いて、拓海は胸がズキリと痛んだ。そうか、やっぱり、男なんて嫌だよな…と思った。 でもはたと冷静になって、じゃあ、今この状況は何だ?と考え直す。 「でも……藤原といると、こうなっちまうんだよ…」 弱々しい声で、切なそうに啓介が言う。ここまで言われたら、さすがの拓海も、完全に意味を理解した。 「そんな…だって、俺…」 叶わぬ恋は、思わぬ展開を見せたようだ。拓海は信じられなくて、涙が浮かんできた。 「俺だって…ずっと、啓介さんのこと……」 両思いだったのだ。彼と、自分は。 拓海が「す」と言いかけると、啓介が「待った!」と、大きな手で口を塞いだ。 「俺が先に言う」 わけがわからず啓介の顔を見ると、真っ赤な顔でコホンと一つ咳払いをしている。 「藤原」 一息ついて名前を呼ばれ、その真剣な眼差しに身構える。何か大切なことを言おうとしているのが窺えて、拓海の心臓はばくばくとすごい音を立て始めた。 「…好きだ」 それは、ずっと夢見ていた台詞。 実際にその口からその言葉が出てきて、拓海はぎゅっと眉根を寄せた。また夢でも見ているんじゃないかと思っても、これが現実であることを、タバコの匂いが知らせてくれる。その体温が、真実だと伝えているのだ。 「……藤原は?」 泣きそうな拓海の顔を見ながら、啓介が溶けそうなほど甘い声で聞いてくる。 改めて言えと言われると恥ずかしくて、拓海はぐっと口をつぐんだ。 「俺のこと…好き、なんだよな?」 啓介はどうしても確認したいのか、ねだるように目を覗き込んで来る。その瞳、声、匂い、体温、どれもが心臓に悪くて、拓海は色んな事を誤魔化すように、背中を浮かせて啓介にキスをした。 けれどそれは、拓海にとって、口先以上に確かな返事でもある。 拓海が再びソファに身を沈め、唇が離れると、不満そうな顔をした啓介と目が合った。しかしすぐに、追いかけるように唇が寄せられる。拓海はそれを捕まえるように、そしてもう余計な会話すらできないように、啓介の首に腕を絡めた。 「ん……っ、…」 目を閉じて、五感のすべてを啓介に捧げれば、身体のいたるところに熱が溜まっていくのをありありと感じる。火傷しそうに熱い唇、痺れる指先。心臓は爆発しそうだし、脳みそは頭蓋骨の中で沸騰しているに違いない。のどを通るのは熱い吐息ばかりで、肺と気管が焼けつくように痛い。 啓介は何度も角度を変えて、ゆっくりと唇を重ねていく。時折かかる熱い息と、その合間に漏れる甘い鼻声。存外にひんやりした手が頬を撫ぜ、するすると触れるか触れないかの感触に、身体の力が抜けていく。 あまりの気持ちよさに、魂まで抜けてしまいそうだ。 「ふっ…ぅ…」 そっとお互いの舌先が絡みついて、拓海は思わず声を漏らす。しまったと思ったが、あまりの気持ちよさに、舌を引っ込めることはできなかった。 拓海が声をあげたのに気を良くしたのか、啓介はしつこく舌先のポイントを舐めてくる。拓海の眉間にはどんどんしわが寄り、息もどんどん荒くなってゆく。 「んん……っ、ふ、はっ……」 拓海はほとんど呼吸困難だった。鼻で息をすればいいと頭ではわかっているのだが、思うようにならない。寄せては引く波のように快感が全身を行き来して、身体の自由が利かないのだ。 別に、キス自体がさほど激しいわけではない。どちらかといえば、ゆっくりとした優しいキスだと思う。 それなのに、どうしてすでに、酸欠状態なんだろう。 「けっ…け、さ……もっ…」 本当に息苦しくなってきて、拓海は首に絡めていた腕をほどき、啓介の肩を軽く押し返した。しかし啓介はキスをやめず、それどころかさらに深く繋がろうと唇を押しつけてくる。 意識が霞んできている気がするのは、ときめきからか、酸欠からか。 助けてくれ、というくらい朦朧としてきて、拓海は無意識に自分の頬や首筋を撫でていた啓介の手をとる。するとようやく、啓介の唇が離れていった。 拓海がようやく満足な酸素を吸いこんでいる間に、啓介もはっはっと全力疾走したように息を荒げている。 「もっ……しぬ……」 ぜえぜえと落ち着かない深呼吸をしながら、拓海が呟く。そんな拓海を見つめながら、啓介は目を細めた。 「……俺だって、死にそーだよ」 啓介の指が、拓海の前髪をそっとかきあげる。 「なあ。このまま最後までしたいって言ったら、軽蔑するか?」 そう言いながら、啓介が拓海の下半身に触れた。 「っ!!」 「俺、藤原と、してぇよ」 哀願するような啓介の低い声は、拓海の腰を直撃した。捨てられた子犬のような、おねだりをする子供のような、それはそれは澄んだ瞳で、啓介はこちらを見ている。 そんな声で、そんな顔で、こんな状況で。高橋啓介を拒める人間なんて、この世にいるんだろうか。 「で、でもっ…」 しかし拓海は、情けない顔で待ったをかける。 「俺なんかで……その……最後まで、できますか?」 自信なさげに拓海が言うと、啓介は片眉をあげ、きょとんとした。どうやら意味が伝わっていないらしい。拓海は意を決して、直接的なセリフを口にする。 「途中で萎えたりしません?」 それは、拓海にとっては最重要課題だ。自分は啓介をネタに夢精まで経験済みだから自信があるが、啓介もそうだとは限らない。そもそも、こんな冴えない豆腐屋の息子を好きだと言ってくれる時点で、超ド級にミステリーなのだ。 ここまで熱心にキスをしてくれるから好意がないわけではないだろうが、セックスまでとなると話は別のような気がする。なんせ自分には、付いてるもんが付いてるわけで。啓介も男は初めてと言っていたし、実際目の当りにしたら、やっぱり違うと思われるかも知れない。 「……おまえな……」 拓海が悶々と考えていると、啓介は困ったように頭を抱えた。それがどういう意味なのかわからず、拓海が心配そうに見上げていると、急にがばっと顔を近付けられる。 「口で言ってもわかんねーだろうから、実際ヤって、確かめてみろよ」 啓介の顔はどこか挑戦的で、扇情的で。拓海はごくりと、無意識に唾を飲み込んだ。 すると、啓介の両手が、かちゃかちゃと拓海のベルトを外し始めた。 「あっ」 「んだよ。服脱がなきゃ、何も始まんねーだろが」 大変もっともだが、やっぱり不安だ。拓海がおどおどしている間に、啓介はあっさりと拓海の下半身を着衣を脱がせてしまった。 「あ…あの…」 啓介がじっと勃ち上がったそれを見つめてくるので、拓海はいたたまれなくなって、太腿をもじもじさせる。すると突然、その脚を掴まれ、左右に大きく広げられる。 「うわあっ!!」 そしてあろうことか、啓介が、そこに、顔を寄せた。 「えっ!?」 ぱくりと生温かい感触に包まれる。啓介の口が、拓海の性器をくわえたのだ。 瞬間、とんでもない快感が、背筋を一気に駆け上る。 「け、けーすけさんっ…!」 そこまでしろとは頼んでない、と抗議しようとしたが、啓介が拓海を思いっ切り吸い上げたので、それ以上は喋れなかった。 「ぁっ…!」 拓海の反応を視界の端にとらえると、啓介は満足したように口を離し、しかし今度はぺろぺろと舐め始める。 「──っ!」 ぎゅっと目をつむり、歯を食いしばって声を殺す拓海。その間にも、啓介は先端や幹の裏側など、あちこちをくまなく唾液で濡らしていく。 拓海がそっと啓介のほうを見ると、ちょうど性器を咥え込もうとしているところだった。あの憧れ続けた高橋啓介が、本当に自分のアレを口にしている。視覚から飛び込むあまりにも官能的な映像に、くらくらした。 啓介はじゅるじゅると音を立てながら、性器を出したり入れたりして、女性器でのセックスを思い起こす動きをする。そうされると気持ちよくなるのは仕方のないことで、拓海はぶんぶん首を振った。 「啓介さん、も、わかりましたからっ…!」 要するに啓介は、普通なら気持ち悪くてできないようなことをして見せて、本気だと伝えたかったのだろう。確かに、ここまでされれば、セックスも最後までできるんじゃないかと思えてきた。 とにかくこのまま舐められていては、射精までしかねない。ただでさえキスやら酒やらで昂ぶった身体に、この刺激は強すぎる。 拓海が啓介の頭を引き剥がそうと手を置くと、啓介はやっと口を離してくれた。しかし。 「ッ……!!?」 啓介の舌が、すすすと下がっていく。 そして辿り着いた先は、後ろの穴の部分で。 「ちょっ…ちょちょちょちょちょっ!! 待ったッ!!」 拓海が慌てて叫ぶと、啓介が股の向こうで顔を上げる。 「何?」 「そっ、そこ、舐める気ですか!?」 信じられない!と言わんばかりに真っ赤な顔で喚いたが、啓介は「当然じゃん」という顔をしている。 確かに、男同士でセックスをするということは、どちらかがその器官を使うということ。それはわかっていたのだが、まさか舐められるとは思っていなかった。 「何、だめ?」 「だ、だめって……だって、んなとこっ」 完全にうろたえている拓海を見て、啓介が「あ」と声を上げる。 「藤原、ひょっとして俺に挿れてーの?」 その質問に、拓海は困ってしまった。 正直なところ、どちらも想像したことはある。男として、そりゃあ挿れる側のほうが慣れ親しんだ行為だと思っていたが、実際にするとなると話は別だ。 いかにも性的経験が豊富そうで、しかも自分よりガタイの良い啓介をリードするなんて、まったくできる気がしなかった。 「いやっ……え、えっと…」 でもあんなところを舐められるのも困る、と悩んでいると、啓介の顔がずいっと近付いてくる。咄嗟のことにびっくりしてその目を見つめると、ひどく真剣な眼差しがそこにあった。 「俺は、藤原に挿れたい」 よく通る声で、啓介がまっすぐに言う。 その短いセリフは、啓介の瞳に宿る強い光とともに、拓海の胸にぐさりと突き刺さった。 「藤原に俺のコレ突っ込んで、あんあん言わしたい」 なんてこと言うんだ、この人。 あまりの言い方にちょっとカチンときたが、啓介はいたって真面目のようだ。 「絶対優しくするし、気持ちよくしてやるから」 切実に訴えかけてくるところを見ると、啓介の中で啓介が受け側をするという発想は、微塵もなかったらしい。 食い入るように拓海の目を覗き込み、痛いぐらい期待の眼差しを注いでくる啓介を見ると、なんだか、色んなことがどうでもよくなった。 この人のためなら、どんなことでもしてあげられる。啓介のためならば、どんな望みも叶えてあげたい。そう思った。 「……わかりました」 それでもいささか緊張した声で返事をすると、啓介の顔がぱっと輝く。 「ただし!!」 そのまままたケツの穴を舐めにかかりそうだった啓介に、拓海がストップをかける。 「…そこ、舐めるのだけは……勘弁して下さい……」 恥ずかしくて死ぬんで、と付け足して、拓海は真っ赤な顔を隠すように、ぷいとそっぽを向いた。しかしそれは、耳まで赤くなっているのをさらす羽目になるだけだったが。 啓介はだらしなく微笑んで、そんな拓海の耳に、ちゅっとキスを送る。 「…わかった。じゃ、指でやる」 そうやって何でもかんでも直接的に言うの、やめてもらえないだろうか。拓海が心の中で文句を言っていると、不意に啓介の体重が離れていった。 「ちょっと待ってろ」 そう言って、啓介がキッチンへと消えて行く。何やらごそごそと物音を立ててから、「あった!」という声がしたかと思うと、すぐに戻ってきた。 その手にあるのは、黄緑色の液体が入った瓶。 「…オリーブオイル…ですか」 それを塗り込んで、滑りを良くするわけか。なるほどなと思う反面、迷わずこれを選んできたあたり、予習していたのかなと思う。 「これなら食いもんだし、身体に害もねーだろ」 啓介はそう言いながら、左の掌にオリーブオイルをそっと垂らした。次に瓶を床に置いて、右手の中指にオリーブオイルを塗りつける。その長い指が、今から自分の中に入ってくるのかと思うと、じっと見てしまう。 啓介の指は、少し節くれているが、細くて長い。爪は短く切り揃えられ、手の甲は少し骨張って、うっすらと血管が浮かんでいる箇所もある。いかにも男らしい、けれど綺麗な手だった。 その手を見るだけで、拓海はたまらなく興奮する自分に驚いた。女のように白くて細い華奢なものではない。どうして同じ男の指先に、こんなにドキドキするんだろうか。 ぼんやりと眺めていると、啓介の指が視界から消えていき、そっと拓海の秘所に触れた。 「……っ…」 ぬるり、と体内に侵入してくる、啓介の指。拓海は身体を強張らせ、顔を顰めた。 「…痛いか?」 まだ指の第一関節程度だろうに、啓介は心配そうな顔をして、指の動きを止める。 「……いえ…平気です」 最初はびっくりしたが、指一本程度なら、さほど違和感がない。拓海が一つ深呼吸すると、息を吐くのと同時に、啓介の指が奥まで押し入ってきた。 「っ……」 拓海は息を飲む。 痛かったのではない。むしろその逆で、一瞬、やけに気持ちいところがあった気がする。 いやいやそんなバカなと、拓海は啓介に悟られないよう、口を引き結んだ。 「なんか、思ったよりすんなりいったな。ほんとに痛くねーの?」 啓介が指をくるくると回す。体内をかき混ぜられる感触に、拓海はぴくんと身体を跳ねさせた。 「あ、わり、痛かったか?」 指の動きが止まり、啓介が申し訳なさそうな顔で覗き込んで来る。別に痛いわけではなかったので、拓海はふるふると首を振った。 「じゃあ、二本目、入れるぞ」 啓介のほうが緊張しているんじゃないかと思うほど硬い声で言って、言葉通り二本目の指が入ってくる。そこでさすがに痛みを感じ、拓海はのどの奥で低く呻いた。 啓介の指が、またぴたりと止まる。 「大丈夫か…?」 情けない啓介の顔を見て、拓海は困ってしまう。確かに初めてのことで怖いし痛いが、そこまで神経質になってもらわなくても、と思う。これでは、いつまで経っても終わりやしない。 「啓介さん」 名前を呼んで、拓海は両手でふわりと啓介の頬に触れた。 「俺、啓介さんになら、痛くされても平気ですから」 だから遠慮すんな、と、そんな意味を込めて。 すると啓介は一瞬驚いたような顔をして、それからほんのり頬を染めた。 「……なに、その殺し文句」 ぼそりと言うと、啓介はすかさず三本目の指を入れてくる。 「っ…!」 「耐え切れねーくらい痛くなったら、教えろよ」 耳元で囁かれ、こくりと頷く。啓介はそれを確認すると、ぐ、と三本の指を突き入れた。 「……ッ」 入口の部分が狭く、無理やり押し広げられるような痛みがある。正直、裂けるのではないかと思ったぐらいだが、拓海は声を殺し耐えた。 自分が痛いのは構わない。早く啓介がやりたいと思っていることをしてあげたい。その意思は、とても強かった。 啓介の指が、中で押し広げるような動きをし始める。 「いっ……ぅ、あ…!」 思わずこぼれてしまった声を聞き、啓介の指がまた止まる。そうじゃない、そうじゃないんだと、拓海は小さく首を振った。 「やめ、んな…!」 本当は、身体はやめろと言っている。こんなに痛い行為を、無理にする必要なんかないだろうと。痛みを恐れ、避けようとすることは本能だ。しかしそれを上回る心が、拓海の中にはある。 一つになりたい。 もしかして、ちっとも気持ち良くなんてないかも知れない。達成感もなく、ただ痛いだけで終わってしまうかもしれない。それでも、好きな人に求められ応えることには、素晴らしい価値がある。 「藤原…」 かすれた声がしてから、啓介の唇が、目尻へと落ちてくる。そして頬、鼻、唇へと、愛しさがめいっぱい伝わってくるような、優しいキスがたくさん降ってきた。 痛みに耐える中で、そのふわふわした感触はとても心地良い。啓介の舌がそっと入ってくるのを感じて、拓海もそれに応えようと舌を伸ばした。 「んっ」 しかし、拓海は出しかけていた舌を、突然引っ込めてしまった。 「っ、ぁ…」 啓介が指を抜き差しするとき、ぞくぞくと肌が粟立つような、快感が。思わず目を細めてしまう。 「…もしかして、きもちい?」 啓介は聞きながらすでに拓海の中をかき混ぜて、どこで反応を示すのか探り始めている。 「ぁ…ぅ……っ…」 どこかが擦れて気持ちいい。ただ、それを追求してしまったら、とんでもないことになる気がする。 そして啓介がついに、入口にほど近い部分をこすりあげた。 「っ、あっ!」 突然のことだったのもあって、変な声が出てしまう。 「ここ?」 啓介が、そこを重点的にいじり始める。 「んっ…ぅ……っ、ぁ…んくっ……」 これは、とんでもない事態だ。 ものすごく、とてつもなく、めちゃくちゃ、気持ちいい。 「そ、こ…おかしっ……」 絶え間なく与えられる刺激に、拓海の息がどんどん上がる。不規則で短い呼吸の音を聞いて、啓介は苦々しい顔をした。 「…藤原…エロい…」 そんなことを言われ、拓海は血液が逆流でもしたように、カッと身体が熱くなる。あんなところで感じるなんて情けない、と思う反面、あまりの気持ちよさにすべて投げ出したい気分にもなる。 しばらく悶えているうちに、気が付けば、最初に比べ痛みも薄れてきていた。 「も、いいですっ……そこ、いーからっ、はやく…して…」 息も絶え絶えに拓海が言うと、啓介の動きがピタリと止まる。 「……そんなセリフ言ってもらえるなんて、夢みてぇ……俺、ひょっとして明日死ぬんじゃね?」 独り言のように言う啓介に、「縁起でもないこと言うな」と言いたかったが、そんな余裕もない。 息を整えていると、啓介が指を抜き去った。それから上半身を起こして、がばっとTシャツを脱ぎ始める。 あらわになる逞しい胸板、程良く筋肉のついた腕、うっすらと割れている腹筋。見事な体つきに、拓海は惚けて眺めてしまう。 「…なに? 惚れ直した?」 啓介がニヤリと笑ったので、慌てて目を逸らす。 その様子にくつくつと笑いながら、啓介はどんどん服を脱いでいき、全裸になる。 「藤原も、脱ご」 Tシャツだけ着たままだった拓海に、啓介が手を伸ばす。されるがまま脱がされると、再び啓介が覆いかぶさってくる。 今度はさっきと違い、素肌同士が触れ合う。ゼロの距離は温かく、とてもくすぐったかった。 「…あー…なんか、これだけでもイキそう」 啓介が苦笑して、ちゅっと一度だけキスをしてくる。それからいつの間に持っていたのかコンドームの封を切り、すっかり膨張し勃ち上がっている性器にくるくると装着してゆく。 拓海はその様子を見ながら、啓介のそれのあまりの大きさに、不安を通り越してほとんど放心状態だ。指三本とは到底比べ物にならない太さ。あんなもの、本当にあそこに入るのか?と愕然とする。 ぼやっとしている間に、啓介は拓海の両脚を開かせて、その屹立を秘所へと宛がう。 「……なんか…」 オリーブオイルの塗りたくられたそこを見つめながら、啓介の一言。 「すげーうまそう」 拓海は人間における最高の反応速度で、啓介の肩口を蹴った。 「いってっ!」 人が羞恥を殺して黙ってされてやっていると言うのに、こいつはなんてことを言うんだろう。 「バカなこと言ってねーで、とっとと挿れろッ!!」 啓介のあまりのコメントに動転して、拓海はすごいことを叫んでしまう。直後にハッとしたが、啓介はとても真剣な顔をして、 「うん」 と頷き、ついに、自身の性器を拓海の中へ進めていった。 「っ…!!」 先端の部分が押し込まれ、激痛が走る。 しかし形状の問題なのか、痛みは押し入る瞬間だけで、指のときよりもスムーズに進んでいく。 「んっ……ぅ…」 ただ、ものすごい圧迫感だ。見るよりも、感じるほうが質量が大きい。 内臓ごと押し上げられるような感覚に呻きながら、それでもじわじわと進んでいく啓介を感じていると、やがて動きはぴたりと止まった。 眉根を寄せてほうとため息をつく啓介を、拓海はそっと見上げる。 「……全部…入った」 そう言った啓介の顔は、今まで見た彼の表情の中で、最も頼りないものだった。切れ長の目に涙をためて、笑みをたたえているはずの唇は歪み、ほんの少し震えている。 泣き笑いの表情で、すん、と鼻をすすってから、啓介はごしごしと目をこすった。 「痛く、ねーか?」 そんなこと聞かれたって、拓海は何も答えられない。 だって、痛いとか痛くないなんて、ぜんぜん問題じゃない。こんなに幸せそうな顔をさせてあげられたことが、この世の何よりも、嬉しかった。 拓海も少し泣きそうになりながら、それでも微笑んだ。そして小さく頷いて、両手を啓介の指に絡める。 「すげー幸せだから、へーきです」 痛みなんて苦にならない。今ならきっと、なんだってできる。 今の拓海は、そんな気持ちでいっぱいだった。 「…そっか」 啓介が歯を見せて笑い、ず、と性器が引いてゆく。思ったほどではないものの、入口の狭い部分が擦れて痛みが走る。 「…っ……」 目を細め眉を顰めても、啓介の動きは止まらない。拓海の両手をソファに縫いとめ、濡れた目でじっと見つめながら、ゆらゆらと腰を振っている。 「…んっ……ぁ…」 拓海の身体には、徐々に変化が起きていた。さっきから感じていた快感が、だんだんと大きくなってきたのだ。いや、痛みが減っていくから、快感が際立つようになったのかも知れない。 そんなことを考えている思考回路さえ、啓介の動きが加速していくせいで、だんだん霞みがかってくる。 「ぅっ…あ……っ…」 快感のたび声が漏れそうになるのを、のどの奥でなんとか食い止める。しかし身体が混乱しているのか、わずかな痛みすら快感に思えてきて、どんどん抑え切れなくなっていく。 「んっ、あ……っ…んっ…」 あまりの気持ちよさに目を閉じてうっとりしていると、啓介から思わぬ言葉が降ってきた。 「すげぇ…勃ってる…」 痛さのせいで萎えていた拓海の性器は、ここへきて再び勃ち上がっていた。啓介は感動したように言い、それに触れる。 「あっ!」 「藤原も…きもち、いんだ?」 腰を振りながらそう聞いてくるが、そういう反応を示しているんだから、答えは言わなくたってわかるだろう。心の中でそんな悪態をついてみても、それが啓介に伝わることはない。口からこぼれるのは、喘いでいるような声ばかりだからだ。 「ん…ぐ……ぅ…ぁっ…」 唇を噛んだり、歯を食いしばったりしながら、なんとか声を殺す。男だというのに感じて喘ぐなんて、かっこ悪いと思った。そんな姿を、啓介に見られたくない。 「藤原…」 名前を呼ばれ、拓海はそっと目を開ける。するとそこには、額に汗を浮かべ、髪もぐちゃぐちゃになってしまった啓介の姿。眉間にはしわを刻み、端整な顔は歪んでいて、男前が台無しだ。 でも、とても気持ち良さそうな顔をしている。こんな顔をさせているのが自分かと思うと、しょうもないくらい幸せだった。 「声…ガマン、すんな…」 そう言って、啓介の少しごつごつした指が、唇を噛んでいた拓海の歯をなぞる。 唇をかすめるそれにぞくりとして、拓海は思わず唇をほどいてしまった。 「あっ」 声が出てしまい慌てたが、啓介の指がそのまま口内へ侵入し、ぐりぐりと舌を撫でてくる。まさか指に噛み付くわけにもいかず、拓海の口元は自然と緩んだ。 「ふっ…あ、あっ…!」 それも、啓介は意図的なのか、拓海が最も感じる部分を的確に突いてくる。 「もっとその声、聞かして」 ねだるような甘ったるい声に、脳が痺れる。拓海は繋いだままだった片手をぎゅうっと握り、もう片手は啓介の背中をかき抱いた。 「け、すけ、さん…、けーすけさんっ…!」 「ま…名前もイイけど…」 「ああっ…!!」 拓海の先端から、先走りの液が垂れ始める。 啓介の律動は激しさを増し、頭がおかしくなりそうで、拓海は必死に首を振った。 「ふじ…わら…」 どこから出してるんだよ、と思うほど、艶っぽく掠れた低い声。愛しそうに名前を呼ばれれば、それだけで心が震える。 望みなどないと思っていた片思い。その相手が今こうして、自分と一つになり、獣のように腰を振っている。求めてくれている。彼の意識を、今この瞬間は、世界で唯一、自分が独り占めしているのだ。 「けーすけ、さん…」 啓介の瞳をじっと見つめると、ふわりと細められた。それがまるで愛しくてたまらないとでも言っているようで、拓海の胸はぎゅっと締め付けられる。 「好きです…すっげー…ほんとに…好きなんです」 夢の中で、ずっと囁いていた言葉。啓介に指を突っ込まれたままだったので、少し舌っ足らずになってしまったけれど、ずっとさらけ出してしまいたかった、本当の気持ちだ。 それを口にした途端、なぜだか急激に快感が押し寄せてくる。 「んッ…!? っ、あッ…!!」 口内にあった啓介の指が引き抜かれ、突然性器を荒っぽく扱かれた。頭の中で火花が散るような凄まじい感覚に、拓海はいよいよ何も考えることができなくなる。 「あっ、ああ、ぁっ! ん、ぅ、あ…っ!」 同時におとずれる二つの快感に、呼吸すらろくにできない。 「むりっ…いっ…く、あっ!!」 啓介が扱き始めて数回目。拓海はあっけなく、白濁色の液体を吐き出した。 そしてその瞬間、体内に熱い感触が迸る。 「ふぁっ!」 啓介が腰を深く打ち付け、びくん、と震えているのを見て、啓介もイッたんだなと悟る。 霞む視界で啓介の顔を見ると、眉間にしわを寄せ目を閉じて、歯を食いしばって快感を噛みしめているようだった。 「……あっ……ぶね…」 呼吸を整えながら啓介の第一声は、そんな言葉で。拓海はぐったりしたまま、少しだけ首をかしげて見せた。 「藤原より先にイッちまうとこだった……ギリギリセーフ」 啓介が、力なく苦笑いを浮かべる。 頭が真っ白になって余裕のなかった自分と違い、啓介はそんなことを考えていたのかと思うと、なんだか面白くない。拓海が少しムッとした顔で啓介を見ていると、何を思ったか、啓介が慌てて口を開いた。 「あ、い、言っとっけどな、俺、普段はこんなに早くねぇからなっ」 それを聞いて、思わず吹き出してしまう。どうやら余裕がないという点では、啓介も同じだったようだ。 「なに笑ってんだよ! くそっ…覚えてろよ、次はもっとヒーヒー言わしてやっからな!」 悔しそうに吐き捨てられたセリフに、拓海ははたと笑いを止めた。 「次?」 怪訝な顔で聞くと、啓介は一瞬きょとんとしたが、すぐにニヤリと笑う。 「そう、次。だっておまえ、泊まってくんだろ?」 「えっ」 心身ともに満たされて、そんな先の考えなど微塵も浮かんでいなかった。 さっきみたいなことが──いや、啓介がやる気を出しているのだから、更にすごい行為が繰り広げられるのかと思うと、あまり良くない意味でぞくりとする。 拓海が困った顔をしていると、啓介はふっと微笑んで、突然キスをしてきた。 「んむ」 「なあ」 唇を離し、額をくっつけたままで啓介が囁く。 「俺たち両思いなんだし、今日から恋人…だよな?」 それは今までに聞いたことがないほど、優しい声。その上うっとりした目で見つめられれば、ノーなんて言葉は存在しないに等しい。 しかし、恋人という響きがどうにも非現実的でくすぐったくて、拓海はすぐには答えられなかった。 「お、俺……」 拓海はあたふたしながら言葉を探す。しかし結局、思いつく言葉は恥ずかしいことばかりだ。 「あの……よ…よろしく…お願い、します…」 蚊の鳴くような声でそう言って、あとは照れ隠しに俯いた。 なんとか啓介には聞こえていたようで、ふふっと笑い声が漏れる。 「うん」 短くそう言うと、啓介はそっと唇を寄せてきた。 繋がったままの下半身から、大きくなっていく啓介自身を感じる。 まさか今からやるんですか、と聞こうとした拓海だが、そんなものは深くなるキスに吸い込まれてしまった。 今日はきっと、夢は見ない。 目を覚ましたとき、寂しい気持ちになることもない。 だって隣には、心から望んだ体温があるのだから。 ----------------------------------- こいつのせいで散々時間食った割には、出来が…悪…い……(気絶) このお話、初めて書いた啓拓だったんですが、色々と行き詰まって放置してたのを修正したら、ほとんど違う作品に… 最初のころのインスピレーションも空の彼方へ吹っ飛んで、何が書きたかったのかも思い出せず、タイトルと内容のすれ違い感が半端ない。 おかしいな…思いついたとき「これだ!!」って思った記憶があるんだけどな…(遠い目) あと吹割の滝ですが、また妄想ばっかりで書いています…おかしなところがあったらご一報くださいです… |