仲直り最速理論

 ダブルエースがケンカした。

 いつもなんだかんだで仲の良い二人が、先週の遠征から口を利いていない。しかも珍しく長引いているようで、今日もツンケン無視を決め込んでいる。
 今回のバトルは少し厳しい。このままでは支障をきたすのではないかと、誰もが不安を胸に作業していた。
 しかし痴話げんかに口を挟みたい者などいるはずもなく、その場合は頼れるリーダーが登場するしかないわけで。

 プラクティスが終了し、今日はドライバーだけが民宿に泊まるという話になった。
 気まずそうにするエースの二人を、史浩は華麗に無視。
 そこへ涼介が拓海に声をかけた。
「藤原、ちょっと来い」
 不機嫌な顔を慌てて引っ込めて、拓海は素直に指導者のもとへ駆け寄る。
「俺の最速理論を教えてやろう」
 真剣な様子の涼介に、拓海はじっと耳を傾けた。
「まず、民宿でこの目薬をさせ」
 そう言って手渡されたのは、何の変哲もない市販の目薬。テレビCMで見たことのある、眼精疲労に効くやつだ。
「? は、はい」
「そして次に、上目遣いをしろ」
 拓海は目をぱちくりさせた。
 何の話をしてるんだこの人。睡眠不足でついにおかしくなってしまったか。
「そしたらそのままこう言うんだ。“ねえ、お腹すいちゃった”」
「……はい?」
「あとは啓介のやりたいようにやらせとけ」
 そこで突然啓介の名前が出てきて、拓海はやっと理解した。
「えっ!? まさかそれっ…啓介さんにやるんですか!?」
「そうだ」
 いたって真面目な顔をしたままの涼介に、拓海も何と言えばいいのかわからない。ぱくぱく口を動かしていると、涼介が拓海の肩をぽんと叩いた。
「大丈夫だ。効果は俺が保証する。その後どうなっても、今よりは状況が良くなるはずだ」
 その後どうなってもってなんだ。
 拓海は不安な顔をしていたが、リーダーの指示には従うしかないので、渋々頷いた。

  ***

 民宿に着くとすぐさま風呂を済ませて、あとは寝るばかりになってしまった。
 なかなかタイミングを見出せずにいた拓海だったが、ついに意を決し、トイレのふりをして目薬を点しに行った。
 そして部屋に戻ると、携帯をつつきながら胡坐をかいている啓介の姿。拓海のほうの布団に背を向けているあたり、やっぱりまだ怒っているのだろう。
 涼介はおそらく、というか絶対に、自分たちのケンカを収めるためにあの作戦を立てたのだろう。実際、自分たちでもケンカしたままバトルするのはまずいと思っている。かといって謝るのは癪に障るし、それは向こうも同じだろうし。こうなれば指揮官を信じて行動あるのみだ。
 次なる指令は上目遣い。となると、自分も座って、啓介を下から覗き込まなければならない。
「…啓介さん」
 久しぶりの恋人を呼びかける行為に、拓海の心臓は早鐘を打つ。しかし啓介は振り向かない。
 子供じみた無視にカチンときたが、なんとか冷静さを保ち、拓海はすっと啓介の前にしゃがみこんだ。
「……おまえの布団はあっちだろ」
 不機嫌を隠そうともしない声で言われたが、ここで言い返しては涼介の作戦が水の泡になる。
「あの……えっと……」
 拓海は膝と手を畳について、前のめり姿勢で啓介を見上げた。
 目薬で潤んだ瞳に、上目遣い。
「お腹…すいちゃった…」
 拓海にはこのセリフは意味不明で、こんなんで何が起きるのかさっぱりだったのだが。
 効果はてきめんだったらしい。
「……藤原……!」
 啓介が顔を赤くしてわなわなと震えたかと思うと、その場に押し倒された。
「えっ、えっ!? ちょ、啓介さん!?」
「俺が悪かった謝るから今すぐヤらせてくれーーーっ!!!」
「えええええ!!?」

  ***

「で、どんな作戦だったんだ? 仲直り最速理論は」
 コンビニで買ってきた朝食を食べながら史浩が聞くと、涼介はふっと笑う。それはもう疲れ切った笑みだった。
「啓介が気に入ってたAVと同じセリフを藤原に教えた」
「…え?」
「色気ムンムンの人妻が、中出ししてくれって遠まわしに頼むシーンのな」
 涼介の口から俗っぽい言葉が次々出てきて、史浩の顔が引きつる。
「今ごろよろしくやってんじゃないか?」
 心底どうでもよさそうに言って、涼介は缶コーヒーをすすった。
「おいおい…バトルの前にそんな…大丈夫なのか…?」
 遠まわしに「セックスで藤原の身体に支障が出ないか?」と心配する史浩に、涼介は首を振る。
「だとしても、ケンカさせたままよりはマシって計算だ」
 この天才は何手も先を読む。彼の頭脳をもってしてはじき出された計算ならば、まあ間違いはないのだろう。
 史浩は複雑な表情を浮かべて、モヤっとする気持ちをごまかすように、サンドイッチをほおばった。

  ***

(すげぇ……涼介さんの作戦、大成…功……)
 啓介の腕の中でぐったりしながら、拓海は心の中で呟く。
 啓介の機嫌はすっかり直り、自分自身もセックスしているうちにどうでもよくなってしまった。今になれば馬鹿げたケンカだったと思う。
 こうして二人で同じ布団にくるまっていると、幸せパワーがどんどん蓄積されていくのがわかる。これなら安心して深い眠りにつけそうだ。それに、心のモヤモヤが晴れて、バトルにもいつも以上に集中できる気がする。
(やっぱ涼介さんってすごいなー…)

 涼介の作戦は実に的確だった。
 ケンカの理由や内容を知らない上に、二人とも頑固でプライドが高いので、どちらかに謝らせるという方法は通用しないと考えたのだ。
 お互いのプライドを傷つけず、それでいて拓海ができるだけ抵抗なく遂行できる作戦。

 走りの世界以外でも、白い彗星の頭脳は閃光のように冴え渡るのだ……


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無理がある。


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